マガジン4:東京国際映画祭2021

東京国際映画祭に、オフィシャルのプレスとして参加することが出来た。ちょうど忙しい時期と被ってしまったせいで、たくさんの映画を見ることは叶わなくてとても残念だったのだが、 その中で見ることが出来た映画の中から、印象に残った映画を紹介する。印象に残る、というのは必ずしも、映画それ自体の完成度は意味しない。ただ完成度が高い映画を紹介するだけなら、賞の受賞結果を知らせれば済む話だ。 私がプレスとして参加し、ささやかながら記事を書く意義。それは、私が会場で観た時、その時の意識の流れ、私だけの意識の流れを記録することだろう、と思う。 映画を観る時間を豊かにする参考になりそうな、伝える価値のある意識の流れを生んだ映画。それを印象に残った映画として、その時の意識の流れを紹介する。

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もうひとりのトム
監督:ロドリゴ・プラ、ラウラ・サントゥージョ 
出演:フリア・チャべス イスラエル・ロドリゲス・ベトレリ ほか
公開年:2021


主人公の家に貼られていたポスターを見て。あ、あれってレディオヘッドの「Heil to the Thief」じゃん!と、意識がそっちに行ってしまった。わざわざ用意したのか、スタッフの中に好きな人がいたのか。あるいは、なんらかの象徴、というか暗示?とまで、思った。実際、中世の絵画は、そういう兆候<サイン>であふれている。しかし、趣味で貼ったにしても、サインにしても、なかなかコアなところをついてくる。メジャーな「OK Conputer」とか「KID A」とかではなく、「Heil to the Thief」って。


世の中にあるものが映画の中に入ってくると、世の中からは逆に遠ざかる。現実のあるものは選ばれ、あるものは選ばれない、という主観的な世界が現れる。いや、世界を外側から見る、メタ的な視点、と言った方がいいだろうか。そんなことを「もうひとりのトム」を観ている時、考えていたような気がする。


私はアルバムをたまたま知っていたので、その視点に立つことが出来た。なぜそのアルバムを?という視点で、映画を観ることになった。そういう鑑賞者側のスタンスに、ポスター程度でさりげなく知らせる製作者側のスタンス。なんだかんだ、それくらいがちょうど良い。「花束みたいな恋をした」の製作者側のあからさま感よりも好みだ。


最近、日本では有名なJPOPを主軸にした創作映画が多い。例えば「糸」とか。でも、カルチャーは全員が知っているものを選定する必要はなく、その知らせ方も、もっとさりげなくでいい。それこそ部屋に置かれたポスターのように、触れなくても全く問題はなく、ただ知っている人だけが映画の外側に立つことができる、それくらい自由気ままな見方でいいと思う。


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あの風が吹いた日
監督:松田聖子
出演:森崎ウィン、高橋春織 ほか
公開年:2021


今見ると、色々なことを考えてしまいそうだが、そこは東京国際映画祭に参加した甲斐というもので、私は世界初公開の場に立ち会うことが出来たわけである。たくさんいるであろう聖子ファンよりも、もちろん早く。そのような機会をいただけてありがたかった。


当然、観ている時、映画の話の筋を追う自分がいる一方で、これを撮った松田聖子監督のことを考える自分もいた。どういうメッセージを込めたのだろう、という話ではなく、人生の顕れについてである。歌手として長年一線で活躍してきた、その経験の蓄積が、映画に生かされるということ。


人間は誰しも、何かを信じている。そういう信念の先に、多くの場合行為があるわけだから、経験というのは外から降ってくるものじゃなく、主体的に選び、ためてきたものなのだ。信念は純粋で強いほど良いし、仕事にその信念を生かせれば生かせられるほどいい。その意味でこの「風になった日」は傑作なんだ。私は観ている時、心を動かされた理由を説明する理屈を、頭でコネ回していた。


小説にしろ映画にしろ、タレントが話を創作し、商業のラインに乗せることは、現在でもよく行われている。ファンビジネスだと思って遠ざからないで、その信念を探しに、作品を見よう。そして、タレントに限らず、映画とは関係のない人生を歩んできた人の映画も見たい。そんな気分になった。


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37セカンズ
監督・脚本 HIKARI
出演:佳山明、神野三鈴 ほか
公開年:2019


「37seconds」を最初に見た時、私はほぼ22歳だった。そうはっきり記憶しているのは、主人公が23歳だったからだ。主人公ユマは劇中、自由が制限されていることのフラストレーションを母親にぶつける。「もう私は23歳なんだよ!」当時、息の詰まるような日々を送っていた私はそのセリフに共感したし、それだけでなく「あと1年の猶予があるな」とも思った。


もし私が今の状況のまま1年を過ごしたとしても、その時私はようやくこの主人公と同じ歳で、そこから、彼女のように大胆な行動に移すことだって、人生を大きく変えることだって可能なのだ。なので、この1年、私は好きに使うことができる。謎の安心感を、私は「37seconds」で得ることが出来た。


そして今回、東京国際映画祭で再び取り上げられたわけだが、もう私は23歳になっていて、おかげさまで少し人生にも光明が見え始めていた。もし私が公開時に見ないで今見ていたら、もちろんこの「1年の猶予」のことを、見る時に考えることはないだろう。私たちは歳をとり、映画の中の登場人物の年齢の間を駆け抜けていく。時間の猶予の感覚は、進行方向に登場人物がいるときだけ得られるもので、過ぎ去ってしまった後に追体験することは、叶わないのだ。


そしてこの映画が特別な理由、、それは、私自身もこの映画の登場人物だからだ。忘れない。ほぼワンシーンなのに、ずいぶん時間のかかった撮影は、終映後の夜中の映画館で行われた。撮影後にもらったSUBWAYの卵サンドの味まで覚えている。映画の中で、私は映画館で女の子とデートしているが、当時の20歳の私は今振り返るとどん底というか、1番の暗黒期だった。20歳よりも若くて、これから映画を見る人には、ぜひその20歳までの猶予、あるいは23歳までの猶予を感じてほしいな、と思う。